【講師コラム|間中健介】人的資本投資の闘いで「勝つ企業」をつくる
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人材は、他のどの資本とも違います。多様で、代替ができず、常に動態的です。誰しも体調のよいときと悪いときでは成果に差が出ます。新人には即戦力型もいれば大器晩成型もいます。いつもは寡黙な若手が突然チームの危機を支えることもあります。現預金や設備は数字で把握できますが、人材の価値は計り知れません。
この議論は新しくありません。1950~60年代、米国の経済学者ゲイリー・ベッカーらは、教育や訓練を投資と捉える「人的資本理論」を打ち立てました。人への支出は消えてなくなる費用ではなく、生産性と生涯所得を高める資本形成です。1980年代以降の内生的成長理論では、ポール・ローマーらが成長の源泉を、外から降ってくる技術ではなく人が生み出す「知識」に求めました。知識はモノと違い、誰かが使っても減らず、多数が同時に使えます(非競合性)。だから蓄積するほど成果が加速します。
日本型人的資本経営の再設計
戦後の日本企業は、終身雇用・年功序列・OJTで人材を組織的かつ長期的に育ててきました。ところが、バブル崩壊後の「失われた20年」で人材投資を進化させられませんでした。この時期、欧米企業はソフトウェア・特許といった人材が生み出す無形資産へと企業価値の源泉を移し、人材を経営戦略の中枢に据えました。日本では、1990年代の成果主義の挫折が示すように、職務・評価・教育の設計を欠いたまま単発の施策を導入することが続きました。2010年代半ば以降、コーポレート・ガバナンス改革と働き方改革を通じて、経営戦略と人材戦略の連動、CHRO(最高人事責任者)の設置、変革を担う専門人材の育成が提唱されていますが、日本型人的資本経営はまだまだ発展途上です。
人材を起点として戦略を描く
従業員のリスキリングを支援したり、休暇を取得しやすくしたり、福利厚生メニューを充実させたりすることが人的資本経営ではありません。経営者にとって人的資本経営とは、従業員1人当たりの収益を長期的視野で高めることです。そのためには経営陣が科学的知見を導入して戦略を絶えず進化させ、働く環境の革新に努め、従業員が成長できる仕組みとチーム全体を底上げする仕組みをつくることが必要です。
エヌビディアの2026年1月期の売上高は約2,159億ドル、純利益は約1,201億ドル、従業員は約4万2,000人。1人当たり売上高は約514万ドル(2026年夏のドル円レートで約8億4千万円)、1人当たり純利益は約286万ドル(約4億7千万円)に達します。
この数字は人材のスキルだけでは語れません。同社はデータセンターを「AIファクトリー」、言うなれば休まず収益を生む生産資産と捉えています。半導体の製造はTSMCなどに委託する一方、資本はGPU・ネットワーク・ソフトウェアの一体設計に集中しています。自社エンジニアは最先端設備とAIエージェントを使いこなし、1人が生む設計やコードの量は従来の限界をはるかに超えます。人への投資と設備への投資が掛け合わさる構造が、桁外れの生産性を生んでいます。
組織設計も独特です。ジェンスン・フアンCEOの直属の部下は約60人と言われていますが、一対一の面談を行わず、全員が集まる場で担当者にフィードバックすることで、個々のやり取りを全員が共有します。職位を問わず関心課題5点を経営層に直送する「Top 5 Things」メールも長年活用されています。知識が組織全体を流れる構造で、ハイパースケーラーとの熾烈な人材引き抜き合戦のなかでも離職率は2~3%と報じられています。
人材だけが無限の価値を生み出す
AIが普及しても日本の失業率は上がらず、日本企業の稼ぐ力は史上最高水準です。AIは既存の知識を高速で整理しますが、世界を平和にし、社会課題を発見し、問いを立て、新たな価値、無限の価値を生み出すことは人間にしかできません。
人的資本経営とは「新たな闘いのルール」です。企業規模やブランド力に関係なく、どんな企業でも人材を起点として戦略を絶えず進化させていけば、「選ばれる企業」になれるチャンスがあります。個と組織、トップダウンとボトムアップ。正解がないからこそ、戦略作りは困難を極めつつ、楽しいものとなります。
間中健介 まなかけんすけ
経済社会保障政策アナリスト、成長戦略・経済評論家
政策エコノミスト。1975年生まれ、千葉県出身。米系コンサルティング会社、衆議院議員秘書、創薬支援会社役員を経て、2014年より安倍内閣、菅内閣、岸田内閣の内閣企画官(室長級)として8年超にわたり成長戦略の企画立案に従事。DX、AI、働き方改革、人的資本投資、公共サービス改革等のテーマに取り組む。 現在、AIス...

