【講師コラム|竹中功】なぜ「初動の一手」が会社の命運を分けるのか?──超巨大リスクの修羅場で骨身にしみた、危機管理の鉄則
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深夜の着信、飛び交う怒号──有事の現場に「綺麗事」は通用しない
「これくらいなら、まだ社内で収められるんじゃないか」
「事実確認が完全に終わるまでは、下手に動かないほうがいい」
不祥事や事故、突発的なトラブルが発覚した直後、ほぼすべての経営者や現場責任者の頭をよぎるのは、この甘い囁きです。人間である以上、保身や恐怖から目を背けたくなるのは自然な心理かもしれません。
しかし、SNSが日常のインフラとなった現代において、たった数時間の判断の遅れ、たった一度の初動のピントのズレは、瞬く間にネット空間を駆け巡ります。昨日まで愛されていたブランドや、創業から何十年もかけて築き上げた社会的信用が、文字通り「一夜にして灰燼に帰す」時代です。
私はかつて吉本興業の最前線で、長年にわたり広報および危機管理の責任者として、数々の不祥事や突発事故、社会的スキャンダルの渦中に身を置いてきました。
深夜2時に鳴り響く電話、本社の前に詰めかける報道陣、無数に光るカメラのフラッシュ、そして怒号が飛び交う記者会見場──。
胃がちぎれるような重圧の中で痛感したのは、「危機管理の成否を分けるのは、小手先の『謝り方のテクニック』ではない」ということです。
分かれ道はただひとつ。
「有事の引き金が引かれた瞬間、矢面に立つ覚悟を決め、どれだけ速く、正しい『初動の一手』を打てるか」。これに尽きます。
今回は、私が命がけの修羅場をくぐり抜けて掴み取った「組織を崩壊させない鉄則」をお話しします。
なぜ多くの組織は「先送り」で傷口を広げるのか?
世間の危機対応を見ていて、最も多くの企業や経営陣が陥っている最大の勘違いがあります。
それは「危機管理=事態が起きてから頭を下げること」だと思っている点です。
トラブルの火の手が上がった瞬間、パニックに陥った組織が真っ先にやってしまう典型的な行動パターンがあります。
事実関係を小出しにして、世間の反応をうかがう
「法務の確認が終わるまで」「弁護士のゴーサインが出るまで」と公表を先送りする
「うちだけに非があるわけではない」と責任逃れの言い訳を探す
はっきり申し上げます。現代の世論やネット社会は、対応の遅さそのものを「隠蔽の兆候」として恐ろしいほどの感度で見抜きます。
最初に100%の事実が分かっていなくても構いません。「何が起きていて、どこまで確認できており、何を調査中なのか。そして今、誰に対して申し訳ないと思っているのか」を即座に開示しなければならないのです。それを「完璧に把握できるまで待とう」とするから、メディアやSNSから集中砲火を浴び、最初の失態よりもはるかに深刻な「二度目の大炎上」を引き起こすのです。
紳助さんの引退会見──修羅場で問われる「スピード」と「覚悟」
危機管理における初動の重要性を語るうえで、私にとって絶対に忘れられない現場があります。2011年、島田紳助さんの電撃引退会見です。
あの日の夕方、事態を把握してから記者会見を開くまで、残された時間はわずか数時間しかありませんでした。トップタレントの引退という、会社を揺るがす未曾有の事態です。普通なら「事実をもっと精査してから」「関係各所への調整が終わってから」と、数日あるいは数週間の時間を稼ぎたくなるのが組織の論理でしょう。
しかし、そこで時間を置けばどうなるか。
憶測や噂が先走り、週刊誌やネット発で尾ひれのついた情報が拡散し、事態は完全にコントロールを失っていたはずです。疑心暗鬼が広がり、傷口は致命的なまでに深くなっていたでしょう。
私が下した判断は、「今夜、すべてを開示して会見をやる」ということでした。トップが即断してくれました。
準備が100%整っていなくても、矢面に立つ。何台ものテレビカメラが並び、殺気立つ報道陣の前に本人が座り、自分の言葉で包み隠さず真実を語り、頭を下げる。あの極限のプレッシャーの中で即日会見をやり切ったことこそが、結果として組織と関係者を守る最大の防波堤となりました。
有事の初動とは、スマートに立ち回ることではありません。
一番早いタイミングで腹を括り、自ら火の中に飛び込むことなのです。
マニュアルは平時のもの、有事を支配するのは「人間のパニック」
「うちは危機管理マニュアルを分厚く整備しているから大丈夫だ」
そう胸を張る企業ほど、実際の有事では脆く崩れ去ります。なぜなら、マニュアルに書かれているのは「平時の理屈」であり、有事の現場を支配するのは「人間の恐怖と混乱」だからです。
紳助さんの会見のように、目の前で火の手が上がったとき、分厚いファイルをめくっている時間など1秒もありません。部下は上司の顔色を窺い、役員は自らの保身に走り、組織の指揮系統は一瞬で麻痺します。
私自身、数々の現場で「頭では分かっているはずのエリートたちが、恐怖で体がすくみ、一切の判断を下せなくなる瞬間」を嫌というほど見てきました。
会見場に立つと、記者の質問の鋭さ以前に、会場を包む異様な空気と敵意が肌に突き刺さります。そのとき試されるのは、事前に暗記したマニュアルの文言ではありません。「何を失ってでも、守るべき筋を通す」という覚悟の重さです。
危機管理とは、書類棚に綺麗な規程を並べることではありません。
「最悪のシナリオを瞬時に想定し、泥をかぶる覚悟を持って決断できるリーダーシップ」を、平時から組織の血肉にしておくことなのです。
問われるのは、火種が落ちたその日の動き方
危機の火種は、どれほど注意深く経営していても、ある日突然、予期せぬ角度から落ちてきます。それはコンプライアンス違反かもしれないし、社員のSNSの失言かもしれない。あるいは製品の不具合や、理不尽な巻き込まれ事故かもしれません。
火種が落ちること自体をゼロにはできません。
だからこそ重要なのは、「火種が落ちたその最初の1時間、最初の1日で、組織がどう動くか」です。
これは、教科書を読んだり、ひな形のマニュアルを配ったりする座学だけでは絶対に身につきません。極限の修羅場で何が起きるのか、矢面に立つプレッシャーがどれほど冷徹なものか──その「生々しい現場のリアル」を皮膚感覚で疑似体験し、腹を括る訓練をして初めて、人は動けるようになります。
もし今夜、あなたの会社に「あの電話」がかかってきたら──あなたの組織は、何時間で、誰が矢面に立つ覚悟を決められるでしょうか。
その答えを、今日のうちに一度、自分自身に問うてみてください。
竹中功 たけなかいさお
謝罪マスター、広報マスター、著述家、株式会社モダン・ボーイズCOO
1959年生まれ、大阪市出身。同志社大学大学院総合政策科学研究科修士課程修了。 1981年吉本興業株式会社入社後「宣伝広報室」を設立。広報誌『マンスリーよしもと』初代編集長を務めるほか、「芸人養成所 よしもとNSC」の開校をはじめ、多数劇場の立ち上げに携わる。 沖縄映画「ナビィの恋」、香港映画「無問題」「無問...

