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講演会講師インタビュー / 早稲田大学大学院教授 長内厚 氏

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講演会講師インタビュー|ソニーで10年間、商品企画・技術企画などに従事し、京大大学院で博士号取得。日本のものづくりやDX、経営戦略などビジネス講演に定評がある、長内厚(おさないあつし)氏にインタビューをしました

目次
  1. 半導体産業トップの日本が諸外国に抜かれた背景
  2. ソニーの創設者、井深大氏との出会い
  3. 知識の伝達ではなく、一緒に考える講演会
  4. 生成AI、人間力にフォーカスしていく時代

半導体産業トップの日本が諸外国に抜かれた背景

日本のものづくりや製造業の背景に触れ、半導体産業の復活と技術の伝承について詳しくお話をお伺いしました。

――

今年4月に出版された「半導体逆転戦略」(日本経済新聞出版)が好評です。副題に『~日本復活に必要な経営を問う~』とありますが、この本を執筆された背景、狙い、そして読者に何を1番伝えたかったのか、教えてください。

長内

おかげさまで、この本はアマゾンの電子工学書の売上ランキングで何度かトップになっているんですけども、ただ電子工学とか半導体のことを話したいというのが主眼ではないんですね。あくまで経営学の話として、半導体産業を通じて日本の物作り、製造業の課題を明らかにして、じゃ、どういうふうにしていったらいいのか。
具体的に言えばやはり「ビジネスの力」。今まで日本って、ものすごく技術の力があったわけです。これはそのまましっかり伸ばしていけばいいんだと思います。ただ技術の力が強過ぎたせいで、ビジネスの力が弱くなってないか、そこを問題提起したくて。「ビジネスの力をしっかり付けていくことによって、さらに日本の産業が伸びていく、ということを期待している」。そういった内容の本です。

――

半導体といえば、かつて日本は世界のシェア50%以上の「半導体大国」と呼ばれていました。今もそう思っている年配の方は少なくないと思いますが、気が付けば現在のシェアは10%ほど。日本の半導体産業はなぜ凋落したのか、その復権には何が必要なのでしょうか。

長内

日本の半導体産業が凋落したきっかけというのは、わりと政治的なところで「日米半導体協定」というのが結ばれた結果、日本の半導体の価格ですとか、数ですとか、そういうものが制約をかけられてしまった、そこからつまずき始めた、というのがきっかけではあるんです。
ただやはりそうした環境の中でも、どういうふうに生き残っていくか、たぶん初期の段階では、技術的な差を付けて、数が少なくともちゃんと売れるものを考えていくというところだったと思うんですけど、やっぱりですね、半導体産業って装置産業ですので、数がものをいうところがあるんです。それをあの手この手を尽くして、何とか数を売るようなことを考える。
しかもその後、状況も変化して、アメリカにとって半導体というものは必ずしも日本が作っちゃいけないというものではなくなったのに、状況の変化に対しても日本は戦略の打ち手を変えてこなかった、という歴史があるんですよね。

そう考えると必要なのはビジネスの力、戦略みたいなところで、そういったものさえよくなれば、もともと日本は技術がある国ですから、さらに伸びるということが考えられますし、まだまだ復活のチャンスはあると思うんですよね。
ただやはり今、業界団体の人が「最後にして最大のチャンス」と、半導体産業のことを評しているんですけども、まさにその通りだと思っていて、今ならかつての半導体立国と呼ばれていたころのエンジニアがまだ残っている、そのタイミングにもう1回、ビジネスをしっかりやっていくということをすれば、半導体産業の復活と技術の伝承ということもできていくと思いますので、今まさにちゃんとやっていかなければいけないところだろうなって気がします。

――

本の中では、カギとなるのはJASM(ソニーグループやデンソーとの合弁で熊本に2021年設立された半導体製造の会社)であり、また中国を敵に回しすぎないこと、との提言もされています。つまり経営戦略がとても重要な感じがしますが、具体的にはどういうことでしょう。

長内

ジャスム(JASM)の話のことに関しては、必ずしも技術的に最先端なものだけを追っていくということがビジネスではない、ということなんですよね。今、市場で求められているもの、あるいは戦略的にこういうビジネスをするためにこういったものを生産するんだ、というストーリーがちゃんとあるものに関してはうまくいく可能性が高いんじゃないかという話なんですよね。
で、中国に関してもこれ実は2面あって、若干矛盾したような話になるんですけども、米中の対立の中で、デカップリング(国家間の経済分断)が進んでいくという話があるんですよね。そうした中で日本の半導体というのを売り込むチャンスでもあるわけです。

今までそういう米中の対立とかがなければ、先端半導体というのは台湾、韓国が強いんですけど、それ以外の半導体というとやっぱり中国、これから伸びていくことが考えられますので、そこに全部持っていかれる可能性ってあったと思うんです。ただ今、中国製の半導体、中国製の通信機器を使わないようにしようという流れが欧米諸国である中で、中国の何が心配かというと、情報を抜かれるかもしれないという情報の安全性に関するリスクなので、「そこは日本だったら安心ですよ」という情緒的な価値をうまく売り出していくということが、日本にとってビジネスチャンスになるんじゃないか。
これは中国とのデカップリングをうまく利用するということなんですけども、じゃ完全に日本もアメリカと同調して中国を完全に切り離して、すべて中国製を排除していくというのがいいのかというと、完全にそれをして他に影響がでないならやってもいいのかもしれないけれど、ただ問題があるのは、日本と中国の間はさまざまなビジネスの関係性が深くあるので、例えば半導体産業にしても部材ですとか設備なんかで中国向けのビジネスって多いんですよね。

日本は半導体の完成品は中国から輸入しないですよ、だけれども今まで通り部材や設備は買ってくださいね、という調子のいいことは言えないわけですよね。だからある程度、中国のビジネスのことも尊重しつつ、日本の部材や設備のビジネスをちゃんとやっていく必要がある。またこれによって情報が流出するリスクがあるんじゃないかと言われるかもしれないんですけど、一方で技術が流出するよりも、彼らが自分で作り始めることの方がリスクだと思うんですよね。
もし完全に日本からそうした部材や設備が入らないとなると、今度は中国が自前で作ろうとして技術開発してしまう。それを抑えるためには自分たちで作るよりも、日本から買った方がいいんだと思わせた方がいいんですよね。こうした複合的な話というのを、うまくストーリーを、戦略のストーリーを組み立てて解決していくっていうのが重要なんだと思うんです。

ソニーの創設者、井深大氏との出会い

長内氏はどのようにして現職の道へとたどり着いたのか、これまでの経緯や大切な出会い、気づきについて語ってくださいました。

――

テレビ、新聞、雑誌などメディアの露出も多く、イベントや講演会に引っ張りだこで大活躍の長内さんですが、街を歩いていても「あ、テレビに出ていた先生だ」って、声をかけられることも多くなったのではないですか。

長内

街を歩いていてはないんですが…(笑)、例えば飲食店とかで「テレビ出られておられますよね」と言われたことはありますね。そんな時は「(テレビを)ご覧いただきましてありがとうございます」って、返してますね(笑)

――

長内さんのプライベートも触れてよろしいでしょうか。生まれ、育ち、簡単な経歴をお聞きしたいのですが…。また子どものころは、どんな少年だったのでしょうか。

長内

1972年(昭和47年)に東京で生まれまして、その後、父がゼネコンで施工管理をしていたので、わりと転々とあちこち生活していて、埼玉とか栃木とかいろんなところに行っていたんですよね。
高校は東京の東工大付属(東京工業大学附属科学技術高校)に通っていまして、そこで電子科というところで電子工学の勉強をしていました。
ただ大学は京大の経済学部に入りまして、経済学を中心に、あと国際法とかの勉強もしていました。97年に大学を卒業してソニーに入社して10年ほど商品企画ですとか技術企画という仕事をしていました。

――

大学が京都大学というのは、京都の町に住みたかったとかあるんですか。

長内

京都に行きたかったというのはすごくあります。ただ東大に入れれば東大行きたかったですよね(笑)。でもやっぱり歴史がわりと好きだったので、歴史のある町で勉強したいというのはあって、やっぱり京都というのは心の中にありました。

――

プロフィール等を読ませていただくと、中学時代からソニーの創設者、井深大さんがとても好きだったとありました。日本には偉大な経営者がたくさんおられる中で、なぜ井深さんだったのでしょう。

長内

ソニーの中で井深さんてよく「技術の井深」「マーケティングの盛田」というふうに言われることが多いんですけども、井深さんて技術そのものとか技術の細かいところにそんなに興味があったわけじゃない方なんですよね。
これは木原さん(木原信敏氏、元ソニー専務)という、井深さんに近かった方と話していて、そういう話になったんですけど、井深さんの本質とは何かというと人を驚かせたい、そのためにはどういうことをしたらいいかということを考える、いわば「商品企画のプロ」だったんですよね。そのためのツールとして技術がある、技術を使って人を驚かせたい、というのがあって、そういったところの新しいものを考える、考え方というのがすごく好きだったんですよね。
高校の時に井深さんに手紙を書きまして「高校で講演会をやってほしい」とお願いをしたら、来てくださったんですよ。まさか本当に来ていただけるとは思ってなかったので、そこから井深さんとは親交があったんですけども…ソニー入社する時だけは、一切連絡を絶って内定もらってから報告に行きました。

――

井深さんのことを中学時代からリスペクトされていたとのことですが、最初に井深さんを知ったキッカケ、どういう接点があったのでしょうか。

長内

1番最初は盛田さんが書いた「MADE IN JAPAN ― わが体験的国際戦略」という本に感銘を受けて、普通の人はそこで盛田さんのファンになると思うんですけども、盛田さんが描く、井深さんがすごく面白かったんですよね。そこに興味を持ったというのが1番ですね。

――

ソニーから内定をもらって、井深さんに報告された時、井深さんはどんな反応だったんでしょうか。

長内

実は、僕は、直接は言われなかったんですけども、あとで秘書さんから教えてもらったのが「縁があれば自分を頼ってくるのが普通だろうけど、それを頼らなかったアイツは偉い」と褒めていただいたことをあとで聞きました。

――

ソニーへ就職されたのは1997年です。バブル崩壊後の影響もまだかなりあった時代だと思いますが、ソニーには何をしたくて入られたのでしょうか。

長内

僕はもともと家電製品の中ではテレビがものすごく好きだったんです。中学の時は夏休みの工作でテレビスタンド作って持って行ったりとかですね。あるいは高校でも課題研究という、今でも工業高校にあるプログラムなんですけど、いわゆる卒業研究のようなものがあって、そこでLEDを使ったフルカラーディスプレイの開発をやったり。
テレビがもともと好きだったので、テレビの商品企画を希望してそのとおりになったんですけど、当時ブラウン管から将来は薄型になっていくというのは見えていたので、そういう技術の転換期にですね、新しい商品を作る、だからトリニトロン(ソニーによって開発されたアパーチャーグリル方式のブラウン管のブランド名)というブラウン管テレビがあったんですけども、そのトリニトロンを倒すようなことを自らやってみたい、というようなことを当時は言ってましたね。

――

ソニーで薄型テレビなどの商品開発に携われた後、10年後の2007年にソニーを退職されます。大好きなソニーを離れたのはどうしてですか。

長内

高校の同窓会でもですね、「お前がソニーに入るのは全然驚かなかったんだけど、辞めたのはビックリした」というふうに言われたんですね(笑)。
私自身(ソニーに在籍しながら)業務上の課題意識から大学院に行って研究をしていてたんですね。修士、MBAは筑波大だったんですけども、博士課程は京大に戻って研究をしていたんですね。で、会社に戻るつもりでいたんですけど、そんな中で神戸大学から准教授のポストのお誘いをいただいて、その時に迷って上司と相談したんですね。
当時テレビ事業本部長だった方なんですけど、そしたら「神戸大学というのは西日本の経営の研究の拠点じゃないか」と。で、「帰ってきて仕事するのもいいけれども、研究者になって研究者の立場から会社をサポートするという道も考えていいんじゃないか」と言われて。そこでハッとしてですね、研究者として日本の産業ですとか、ソニーのためになることをやっていきたいと、そういうふうに思って研究者に転身しました。

知識の伝達ではなく、一緒に考える講演会

講演会やセミナーの依頼は、どういう企業や団体からが多いのか、長内氏の講演活動についてお話をお伺いしました。

長内

企業ですと製造業が多いですね。物作り、製造業に関して何か課題意識、危機感とかを持った会社さんからのご依頼が非常に多くて。
あとは意外と金融機関というのも多いですね。やはり今後の産業をどういうふうに考えたらいいのか、というような…ご自身でも悩まれている金融機関も多くありますし、またクライアントに対して、日本の製造業の将来を一緒に考える場みたいなものを提供していただきたい、というようなことで講演会を企画されることが多いように思います。

――

講演テーマは経済・経営全般の総論から各論までさまざまだと思いますが、主催者さまからの依頼はどんなテーマが多いでしょうか。また最近の傾向などありますか。

長内

半導体産業ですとか、自動車産業ですとか、食品産業とか、具体的な産業を指定されて、その開発の戦略ですとか、あるいはビジネスのマネジメントについてお話くださいみたいな依頼も多いんですが、やはり1番共通して多いのは「不確実な世の中で、どうやって不確実な競争を生き残っていったらいいのか」とか、あるいは「大きな変換点にどういうことに気をつけて企業は対応していかなきゃいけないのか」、そういった話をご依頼いただくことが非常に多いと思います。

――

本などの活字、テレビなどの動画とは違った魅力がリアルの講演会にはあると思うのですが、実際に足を運んで講演を聞きに来られた聴講者に対して、長内さんが1番伝えたいこと、感じてほしいこととは何でしょうか。

長内

テレビとか雑誌とかの媒体と違って、直接目の前にいる方に語りかけることができるというのは、非常にありがたいですね。やっぱり反応を見ながら、アドリブも入れつつ、話していくことができるのはすごくありがたいですけども、お話したいことというのは情報をお伝えする、何か知識をお伝えするということではなくて、物事の見方、考え方を一緒に考えていただく、ということをやりたいと思っているんですよね。
ですから目の前にいる人と、インタラクション(相互作用・やりとり)も加えながら話をしていくというのは非常にありがたいことで、やはり経営って100の現場があったら、100の異なるソリューションが求められますので、何かいいやり方があったら、それを真似すればいいということではないので。

経営の知識だけを身に付けても、なかなか経営には応用できないというのがあるので、どこまでが共通していて、どこからが自分で考えなきゃいけないみたいな、オリジナルのアレンジみたいなものをどのように加えていって、経営に生かしていけばいいのかというのは、やはり物事の見方、考え方というものが非常に重要になるので、そういったところを皆さんと考えていきたい、そういう講演会をやりたいと常々思っております。

生成AI、人間力にフォーカスしていく時代

ビジネスや経営の立場での生成AIについてのほか、これから講演会を企画しようと考えている方へのメッセージをいただきました。

――

YouTubeも積極的にやられていて、目標として「目指せ10万人、銀の盾」とおっしゃっていますが、そもそも始めようと思ったキッカケは何でしょう。

長内

新しい媒体にすごく興味があったんですね。自分自身もともと映像関係の仕事をしていたということもあって、趣味で動画の編集とかもしていたんですよ。
最初は学内向けのゼミを募集する時の案内動画というのを自分で作ったんですけども、そのへんをすごく面白いと言ってくれたゼミ生が一人入ってきてくれまして、その方が動画の編集を手がける映像制作会社の社長さんだったんですよね。その方から「是非、一緒にYouTubeチャンネル立ち上げてやりましょうよ」と声をかけられて。
自分のゼミの学生とですね、わりとゼミの課外活動的な感じで作り始めたというのが最初で、それがなんだかんだでもう1年強ですね、続いているというのが今の状況です。

――

我々活字媒体を仕事にしている世界でも生成AIの進化のスピードには驚かされるだけでなく、いずれ脅かされる存在になるのではと感じていますが、この先、ビジネスや経営における影響についてはどうなっていくのか。ビジネス、経営の立場で、生成AIについてはどんなイメージを持たれていますか。

長内

私はポジティブに考えていて、経営の情報や知識というのは、ダイレクトにはそんなに役に立たないけれど、物事の見方、考え方が非常に大切だというお話をしましたけども、物事の見方、考え方というのはやはり人間にしかできないことなんですよね。
でも実際の業務の中では、情報とか知識というものを集めてきたり、咀嚼したり、それを編集したりということに人間は時間を取られていて、本来人間しかできないような物事の見方、考え方のような、地頭の良さというのを使う局面がなかなか仕事の中では出にくいという問題があると思うんですけども、そういう時に生成AIというのは、すべての人が自分専用のスタッフを設けているようなものだと思うんですよね。何かというと人間がやらなきゃいけない作業を生成AIに投げることができる。
例えば調べ物を生成AIに任せる、何かイメージをイラストにしたい、そういう画像の作成を生成AIに投げることができる、そういうような自分の時間を有効に使うために、人がやらなくてもいい作業をAIに任せることができる。

要するに企業の役員とかですね、そういう人たちに戦略スタッフがいて、資料作成とかスタッフに任せて、自分は経営判断に集中することができるのと同じように、今度はすべてのビジネスパーソンが自分専用のスタッフだったり、秘書だったりを持っている状態、それが生成AIとビジネスのつながりだと、とらえることができるので、これは多分仕事が無くなるというよりは、より人間にしかできない仕事にフォーカスしていく時代が来るんじゃないかと思っています。

――

最後に講演会を企画しようと考えておられる主催者様へ向けて、長内さんからメッセージをいただけますでしょうか。

長内

ものすごくソニーが好きで入ったのに、やめてまで大学の研究者になったというのは、やはり思いとして、経営学の力というものを日本の産業とか日本の企業に役立てたい、という思いが強かったんですね。そのお手伝いをさせてもらえる講演会というのは非常に私にとっても、やりがいのある仕事なんです。
知識を貯めていくということよりも、物事の見方、考え方の力を付けていくということは非常に重要なので、それってやっぱり本を読むだけじゃなくて、対面で講演会なんかを聞いていただくと、非常にプラスになると思っています。

あと経営学とは、経済学とは違って、あんまりグローバリゼーションだけではいけない領域なんだと思うんですよね。経済学なんかわりと世界で共通の議論をしていくというのがあたり前になっているんですけども、経営というのはその地域、その国、その国の産業という特殊な事情を扱っているわけです。
例えば私がやっている「技術経営」という領域は80年代、90年代にアメリカで盛んに研究されたものなんですよね。その研究の対象というのが、ほぼほぼ自動車とエレクトロニクスだったんですけども、これって日米貿易摩擦でアメリカが日本に対して脅威を感じていた産業で、だから当時のアメリカで必要なトピックスを研究する、というのがアメリカの経営学であり、それが今の「技術経営」なんですよ。
そう考えるとですね、日本の経営学者というのは、日本の今、産業に求められている課題を研究している人が多くいますので、そういう日本の産業や企業の問題意識を、最先端の研究を皆さんとシェアしながら、一緒に考えていく機会を作っていただけると非常に幸いだなと思っております。よろしくお願いいたします。

――

長時間ありがとうございました。

早稲田大学大学院経営管理研究科教授 長内厚氏インタビュー

長内厚 おさないあつし

早稲田大学大学院経営管理研究科・教授

1972年東京都生まれ。1997年に京都大学経済学部経済学科を卒業後、ソニー株式会社に入社。ソニーで10 年間、商品企画・技術企画などに従事する。 商品戦略担当事業本部長付を経て京都大学大学院に業務留学、博士号を取得。その後、神戸大学准教授、ソニー株式会社外部アドバイザーなどを経て、2011年より早稲田大学准教...

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