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二ノ丸友幸 講演講師インタビュー

Vol.8

デュアルキャリアで得た成長と強み
〝自考動型人材〟を次世代へ

コーチエデュケーター、人材育成プロデューサー

二ノ丸友幸

自分で考え、行動し、決める。元ラグビートップリーガーとして活躍した二ノ丸友幸さんは常に次のライフステージを見越し、人生設計を描いてきました。選手時代でも忘れなかった「デュアルキャリア」の考えは健在で、現在でも研修講師とプロコーチの両輪で活動。2つの軸を互いに糧にしながら、管理職・リーダー・指導者など様々な場面で活躍する方々をサポートしています。
オンラインを活用したセミナーや講演が求められる現代で何が必要か、また〝自考動型人材〟の育成に携わるという二ノ丸さんに今後の展望などを聞きました。

普段の講演会・セミナーではどんなお話していますか?

二ノ丸お客様の要望に合わせてカスタマイズしていきます。
対象としては、経営層、管理職、若手リーダー、新入社員を含めた若年層など、階層別で実施しています。その階層ごとに生じる責任や持ち合わせておくべきスキル、課題、問題などが変わってきますからね。
テーマとしては、一番要望が多いのが人材育成です。管理職対象であれば、そもそも管理職としての心構え、成長の必要性などの外枠の部分から、ティーチングやコーチングの違いなど、実務面に掘り下げていくなど、ストーリーを明確にして知識の共有を図っています。
例えば、受講する方の中にはすでに人材育成について勉強してきた方もいますが、そういった手法、つまり武器となりうる考えをうまく活かせていない方も多くいます。そこで、その武器を整理しつつ、新しい武器も備えてもらえるような心がけをしています。
1つの大きなテーマは「良かれと思う言動が、実は部下の成長のさまたげになっていませんか?」です。もちろん指導する側は善意を持って指導をしています。しかし、違う観点からみると、マイナスに働いている、もっと言うならば成長のさまたげになっている場合もあります。答えを教えすぎている、自分で考える時間を与えていないなど、指導している側も「良かれと思って」やっているわけですから、なかなか気付かない。そういう意味では、気づき、きっかけを与えるのが私の仕事と思っています。

教えるだけでは人は成長しないということですね。その人自身が気付くことが大切だと。

二ノ丸そうですね。それはセミナーでも大切にしている点です。セミナーもインタラクティブ、つまり双方向的な構成にして、講師と受講者、また受講者同士がアウトプットできる、議論しあえる環境を作っています。そうすることで、学びを「実感」することができます。
その学びをより実感してもらうために、必要なのが事前のヒアリングです。僕は「カルテ作り」と呼んでいますが、お客様のリクエストや抱えている問題をしっかりと聞くことで、内容をカスタイマイズしてお話します。その会社や団体で日常的に起こっていることをしっかりと把握する。身近な話、イメージできる話をリンクさせることで、成長が感じられます。実際、講演後には「実感した」といった声をもらうことが多いですが、僕にとってはこの言葉が何よりも誉め言葉です。

オンラインの講演も増えているそうですね。すでに多くのセミナーを実施されたと聞いています。

二ノ丸今年2020年3~7月までに約70のオンラインセミナーを実施しました。昨年1年間のセミナー実施件数が85件でしたから、これはすごい数です。このセミナー数をこなせたのは、これまで移動や開催場所の都合でスケジュール的に不可能だったセミナーを実施することができるようになったからです。僕自身はすでにコーチ分野でも数年前からオンラインでのコミュニケーションを積極的に取り入れたり、自身の勉強のために、オンラインを使用したりしていたので、抵抗はまったくありません。
新型コロナウイルスをきっかけに爆発的に普及したオンラインセミナーですが、これは1つの時代の流れだと思っています。だからと言って、これから全てのセミナーがオンラインになるとは思っていません。むしろ、今の時代はオンライン、オフラインのハイブリットの時代になります。オンライン、オフラインどちらがより適切なのかという選択が常に迫られる時代になってくる。このハイブリッド時代をうまく併用、活用できる人がこの先更なる活躍が見込まれるのではないかと思っています。

僕自身もこれまでオンラインセミナーの実績はあったものの、このコロナ自粛期間でオフラインとオンライン用のスライドをすべて作り直しました。例えば、オンライン用の資料は文字数を少なくするとか、より表情を意識してプレゼン力を鍛えたり、リハーサルを何度も行ったりなど改善を加えました。
またお客様のオンラインでの受講経験に合わせて内容やリアクション、表情を変更したり、サポートを手厚くしたりするなど、ワンパターンではなく、そこは事前のヒアリングを通して、工夫を加えました。

今の講師業とプロコーチを両立するまでのお話をお伺いします。まず、ラグビーとはどういう風に出会われたのでしょう?

二ノ丸ラグビーは中学校から始めました。小学生時代は野球をしていたのですが、自分の意見が反映されにくい野球に当時から少し疑問をいただいていました。
物心ついた頃から、両親から自分の意見をきちんとプレゼンテーションできるように教育されていました。習い事1つするにも「なぜそれをしたいのか」「いつまでやるのか」といった意思表明と目標を両親にプレゼンテーションして、やっと許可がもらえていた。そんな環境にありました。
そこでたまたま親戚に誘われてラグビーを見に行きました。直感的に「自由に動ける!選手同士で話し合っている!」と感じました。監督は観客席に座り、試合中に直接選手に指示をする様子もない。選手は選手で、試合中に何度も話し合ってプレーを進めている。「やりたいのはこれだ」と一目ぼれでした。その時ちょうど見た試合で、母校となる啓光学園高校が優勝し、当時中学受験を控えていた僕は、志望校を啓光学園中学校に変更して合格。そこから高校までラグビーに没頭していきました。

中学、高校はまさに順風満帆でした。早い時期からレギュラーに選ばれ、高校2年生で、高校日本代表候補に選出。努力がそのまま結果に繋がると実感しながら、ラグビー人生を歩みました。しかし、3年生の全国大会前にまさかのアキレス腱痛を発症。その年はなんとか日本代表にも選ばれましたが、フランス遠征数日前に辞退し、悔しい思いをしました。
幸いにも大学は希望通りに進むことができましたが、2年の冬にはついにアキレス腱断裂。大学卒業前には再び、試合に出ることもありましたが、結局在学期間は半分以上、練習さえもできない状態で、本当に苦しい時期を経験しました。「二ノ丸は消えた」といった心無い言葉を見聞きするなど、大学時代の記憶は消し去りたい過去の1つでした。
しかし、年も重ね、指導者となり、過去の自分と向き合えるようになったことで、この過去の記憶は大きな人生の糧となっています。当たり前のようにできたラグビーができなくなる、練習さえ参加できない、試合に出られない選手の気持ちがわかるようになって、指導者としてこの経験は得難いものです。

そこまで苦しい時期を経験したものの、なぜまた社会人でラグビーを続けたいと思ったのでしょう?

二ノ丸大学時代はそんな状況で不完全燃焼でしたから、もう少しやりたいという気持ちがありました。しかし、それはトップチームからオファーがあってこそ成り立つこと。オファーがなければ、きっぱりやめようと思っていたところ、幸いにも数チームから声をかけていただきました。
その中でも大切にしたのは「スポーツ馬鹿にはなるな!」という考えです。言葉としては良くない表現ですが、両親からの教育で培った私の根源になっています。
その精神は社会人になると仕事とラグビーの両立に変わっていきました。またアキレス腱のこともありますから、選手人生はそんなに長くない。僕に限らず一般的にも、アスリートを引退してからの人生の方が圧倒的に長いわけです。そう考えたときに仕事をきちんとすることで次のキャリアを構築する必要があると思いました。

実際、両輪で継続することは大変ではありませんでしたか?

二ノ丸もちろん仕事が終わってからの練習はきつかったです。しかし、それは自分が選んだ道。「ラグビーをしているから」を言い訳にしたくありませんでした。
ジャパンラグビートップリーグが発足した2003年には、クボタスピアーズ(株式会社クボタ)に移籍。そこでも仕事との両立というのは強調しました。アスリートということで形式的な仕事しか与えてもらえないような会社もある中で、僕は最終面接で「仕事で戦力として使えないと判断されるなら、不採用にしてください」と宣言したぐらいです(笑)。若気の至り…もしくは、生意気だったと思いますが、どうしても伝えたい気持ちでした。
06年には選手としては引退を決意しましたが、精神的にも、肉体的にもラグビーを楽しむことができないと実感できたからこそ、後悔も不安も残りませんでした。確かに日本代表という目標は達成できなかったですが、トップリーガーとしてプレーできたこと、トップリーグ創設元年にプレーできたことは人生においても良い経験になったと自負しています。そしてラグビーがなくなったとしても、入社当時から仕事をさせてもらっていたこともあり、引退後の自分の未来に全く不安もありませんでした。

入社時から10年近く法務関連の部署に所属していました。法律的な知識がバリバリ求められる一方で、僕は商学部卒でしたから、かなりの勉強を強いられました。しかし、上司にも恵まれて、ラグビー社員ではなく、1人の社員として特別扱いをせずに指導を受けることができました。「あれしろ」「これしろ」ではなく、元々自分が持っていた主体性を引き出してくれた環境があったのはとてもありがたかったですね。

クボタには最終的に15年弱勤めましたが、なぜ会社を辞めて独立しようと思ったのでしょう。

二ノ丸引退後、ラグビーという看板がなくなって僕の「セカンド・キャリア」が始まりました。この期間にはサラリーマンとしてのキャリアをきちんと築こうと、5年間は意図的にラグビーから離れ、仕事に専念しました。
それに加えて、社会人としての視野を広げようと、積極的に異業種の人と多く付き合うようにしました。それまではラグビーと仕事が軸でしたが、この期間は「クボタのサラリーマン」としてと「社会人」としての両輪でデュアルキャリアを育みました。
そんな生活を送る中で、興味を抱いていた講師業をやりたいと思うようになりました。クボタでは毎年、社内の階級試験のため多くの研修を受けます。もともと人前でしゃべることも好きで、業務で社内研修の講師をする機会も多々あり「それなら自分がやればいいのでは」と思い始めたのがきっかけです。

そこで2011年、5年後の16年に退職すると決めて「サード・キャリア」の準備を始めました。サード・キャリアでもデュアルキャリアという考えは欠かさず、その時に「プロコーチ」と「研修講師」を両立すると決めました。
同じ年の11年には日本ラグビーフットボール協会リソースコーチに就任し、会社を退職した16年には現在のWork Life Brandを設立。新たな両輪でスタートを切ることができました。現在は独立して4年目になりますが、個人でやるからこそ、自分が努力したことが、他者からの客観的な評価として全て跳ね返ってくる仕事だと、やりがいに感じています。

サード・キャリアの中ではどんな新しい気づき、発見を実感していますか。

二ノ丸改めてですが、デュアルキャリアを持つことで二つの軸が互いに刺激しあい、自身の成長、強みにつながっていくことです。ビジネス的な考えを持つことは、コーチとしても大きな成長をもたらしてくれます。だからこそ、常に内容がアップデートされていきます。
研修内容はすべてオリジナルな内容にこだわり、より身近に、より実感してもらう研修を目指しています。講師業をすると決めてからは、受講する研修の良い点・悪い点はもちろん、上司に言われて嬉しかったこと、逆にモチベーションを下げられた発言や言動など全部メモしていましたから(笑)、こういった実地の体験や経験、現代の常識感、体系的な知識を組み合わせて、研修の内容を決めています。
先ほども述べましたが、人に評価していただき、オファーを頂けなければ、成り立たない仕事。自己満足、自己評価はあまり役に立ちません。他者からの評価を真摯に受け入れ、向上していくことが求められます。自分一人では何もできない、人との繋がり、サポートのおかげで成り立つ仕事ですから常に「おかげさま」の精神をもって取り組んでいます。

今後はどこを目指していますか。「フォース・キャリア」の計画はありますか?

二ノ丸そうですね、フォース・キャリアは常に考えています。現在のサード・キャリアはこの先のフォース・キャリアに向けた準備、修行期間と位置付けています。
次のキャリアでも人材育成に関わっていきたいと思っています。これからは、先行きが見えない時代が到来します。だからこそ、次世代に必要とされる自分で考え、行動し、決める〝自考動型人材〟のキャリアデザインにフォーカスした組織を目指しています。学校や塾では教えてくれない、これまでの日本になかったような新しい組織を作っていきます。

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