殿村美樹 講演会講師インタビュー
Vol.6
「情を“少し”突くPR」で
ブームを生む
株式会社TMオフィス代表取締役PRプロデューサー
殿村美樹
「今年の漢字」「ひこにゃん」「佐世保バーガー」―。
数々の流行を作り、全国的な一大ブームを作った仕掛け人、殿村美樹さん。PRプロデューサーとして30年以上業界に携わり、これまで3000件以上の事業を手掛けてきました。その中でも特に、地方にこだわり、その地方が持つ魅力、文化を存分に引き出だすことでPR作戦を成功に導いてきた実績があり、今年4月には一般社団法人地方PR機構を立ち上げました。そんな殿村さんに、PRの極意と、地方に求められる発信力について聞きました。
殿村さんは「心に響くPR」ということを掲げています。どんなPR方法なのでしょうか?
殿村PRをずっとやってきましたが、最初の頃はやってもやっても「伝わらないな」と思う事も多くて、独自に心理学や脳科学を勉強しました。その時知ったのが、脳の働きが大きく分けて「知・意・情」の3つに分かれているということでした。具体的に言うと「知」は情報を出し入れするところ、「意」は行動を司るところ、「情」は感情をコントロールするところです。
日本の多くの企業が「知」を用いてPRや広報を行いますが、「知」はただの情報ですから、よっぽど賢いか、興味がなければ消費者は覚えていません。一方で、「意」は行動ですからPR方法でいうと体験型になります。よく新商品の発売に合わせてテーマパークやショールームを作ってPRをする「知」と「意」連合、これもよく企業がやっていますが、それでも忘れてしまうことも多い。そこで登場するのが「情」です。
「情」は、「知」も「意」も動かす強い力を持っています。例えば恋愛だってそうですよね。大好きになったら、何も関係なくなってしまう。理論を超えて人は行動に移します。
この「情」に少し触れることで、多くの人が自主的に動いていくわけです。忘れられない、そしてその物や文化が自然とその人に定着していく。これが「心に響くPR」だと思っています。
これまで手掛けてきた数々のPRも「情」がキーワードになっているのですね。
殿村そうですね。特に「ひこにゃん」は良い例だと思います。この時、私は、滋賀県から彦根城築城400周年記念事業の一環として、期間中にお城に登城する来訪者を増やすPRを請け負いました。
主催者は「知」でイベントを組み立てていました。彦根城を「知」で表現すると、井伊直弼の居城であったことから「安政の大獄」や「桜田門外の変」を無視することができず、堅いイベントばかりになっていました。そこで目をつけたのが「ひこにゃん」です。当時はまだ「ゆるキャラ」の概念はありませんでしたが、自治体は昔からイベントを開催するたびに、マニュアルのように公募でマスコットキャラクターを作っており、「ひこにゃん」もその1つでした。もちろん、イベントを盛り立てる脇役で、主役にする概念はまったくありませんでした。
しかし、観光業界のセオリーは女性をターゲットにすることです。女性は1人ではなく、だれかを連れてやってきて、帰り道にはお土産を買い、その後はSNSで発信してくれます。この女性たちの「情」を突くものしかないと考え「これしかない」と考えました。
もちろん主役の彦根城を差し置いて、脇役にすぎないマスコットをPRの主役に据えることなど普通は許されません。しかし、私は主催者ではなく、滋賀県から発注を請けた立場なので可能になりました。県の担当者は「イベントが盛り上がるなら、どんなPRをしてもかまわない」と言ってくれました。
そうして30、40代の女性記者を招いた「ひこにゃん」ツアーを企画しました。この年代と職業を選んだのにも少し秘策がありました。彼女らは仕事が忙しく、結婚や出産といったライフイベントを逃してしまった世代で「母性をもてあました世代」だったからです。まさに私と同じ境遇、同じ世代だった。だからこそ、可愛いものには目がないという気持ちがよく分かりました。そこで彦根城の言葉はまったく出さずに、「ひこにゃんと楽しむ2007年彦根の旅」をテーマにしました。
ツアーは狙い通り、数々のマスコミに取り上げられ、多くの女性が「ひこにゃん」を見に彦根城に訪れました。登城者は過去最高を記録し、それに「続け!」と周囲の自治体が同じようなゆるいキャラクターを次々とつくり、それが全国に広がって「ゆるキャラブーム」と名付けられるようになったのです。
あえて狙いを外して、こちらが期待する行動に誘導するわけですね。
殿村そうですね。集客したいターゲットをしっかりと決めた上で、そのものの言い方や見せ方を変えてみる。これがすごく大切です。「ひこにゃん」の時は女性の可愛いという「情」の部分を少し突いたことで、功を奏しました。この仕掛けは2017年、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が提唱した「ナッジ理論」※のお手本になると専門家たちに言われています。そのことから最近は官公庁などからの講演依頼が後を立ちません。
※「ナッジ理論」:肘を突いて人々がみずから行動を変えるという行動変容学
もともと、どうしてPRの仕事を始めたのですか?
殿村実はPR業をする前は大手広告代理店のマーケッターとして働いていました。あるファストフードチェーンの担当をしていて、市場調査などを任されそこからまた色々とあって、PRの仕事に付くことになりました。
これまでPRの仕事なんてしたことがないので、やり方が分かりません。そこで、プレスリリースを持って、大阪にあるメディアを1つ1つ歩き回りました。当時そんなことをしている人は誰もいなくて、どこに行っても「変わり者」扱いでした。それでもそれが妙に受け入れられて、仕事が定期的に入るようになりました。当時、PRの仕事と言えば1000万、2000万の単位の仕事を扱うのが普通でした。
そして阪神淡路大震災が起こりました。当時西宮に住んでいた私は、手探りの復興の中で、何一つ自分が役に立たないと思い知りました。何千万の仕事を受注していても、目の前で実際に困っている人たちを助けることができない。価値観が全て変わり、「PRの仕事なんて辞めてやる!」と思いました。
そんな中、最後の仕事にしようと思って引き受けたのが「漢字の復興」。当時、まだ無名だった日本漢字能力検定協会から「日本人が漢字を忘れかけている。漢字の復興を手伝ってほしい」と依頼を受けたのです。そして現在、年の瀬に清水寺で行われる恒例行事「今年の漢字」を企画しました。
90年代、漢字は嫌われていました。「漢字=ダサイ」という印象が蔓延していて、日本語がダメになると社会問題にもなっていました。
そんな時代に、漢字検定の受験者数を増やすという日本漢字検定協会の目標は無謀でした。それならまずは漢字を好きになってもらいたい。そうして企画したのが「今年の漢字」です。
「好きになってもらう」。具体的にどんなことをしたのでしょうか。
殿村それには漢字の魅力を実感してもらうことが一番です。漢字は世界でも珍しい表意文字ですから、一文字にも深い意味がある。そのことを実感してもらうために国民のみなさんに選んでもらえれば漢字にふれることにもなるし、「団体が選んだ」のではなく「国民が選んだ」ということで世間の注目も集まると思いました。
そこで今年を表す一文字を募集したところ、約1万通の意見が寄せられました。1万通ならマーケティング上、世論を表すベースとしても問題はありません。
次に考えたのが「絵」でした。つまり、それを発表する場所やその形式です。「絵」にならないと、テレビでは特に注目を集められませんから、すごく大切なプロセスです。
そこで京都の寺社仏閣での発表を企画し、清水寺が受けてくださいました。実際に、奥の院から清水寺を見た時、思わず「これだ」と感じました。清水寺の中で一番有名で、壮大な投入堂の姿はまさに、年末を思い起こさせる景色、日本人の心でした。それはまさしく「情」を突く仕掛けだったのです。
清水寺も世論が反映された漢字を観音様に奉納することで、国民の不安が洗われ、次の年が良い年になるのなら、と奉納行事として引き受けて頂ました。この事業は今でも年末の風物詩として定着し、漢字検定を受ける人の数も上がりました。この成功があったことでPRに文化振興のチカラがあると知り、震災後も、PRを続けることになりました。
「ひこにゃん」も「今年の漢字」もその時一時的なブームではなく、その後何年も続いています。
殿村「心に響くPR」は持続可能であることが一番の強みです。きっかけとなる出来事を仕掛けることで物事のイメージを変える。そしてイメージ改革により、それがブームとなり、歴史となり、文化となる。人が自ら動く仕掛けを作ることが真のPRだと確信しています。
日本でのPRを考えるときに、一般的に語られるようなマーケティング論は通用しないと思います。一般に知られているマーケティングは、アメリカから入ってきた概念です。グローバルで戦う大企業には絶対に必要なものですが、地方や日本企業の99.7%以上を占める中小企業には合わない。民族性でもそうです。アメリカ人はもともと狩猟民族、日本人は農耕民族ですから、考え方そのものがあわないのです。
こういう考え方はずっと信じてもらえなかったのですが、最近やっと認めて貰えるようになりました。日本人は「情」を隠そうとします。そこを少し突く。このやり方が日本人による、日本人らしいやり方なのではないかと思っています。
特にPR担当者は「マーケティング論に従わないといけない」と堅く考えがちな人も多いですが、インターネットでのPRが拡大している今、「情」に訴えるPRは重要になってきます。インパクトのあるビジュアルと言葉で情報が認知されるネットが中心になった現代は、特にこの側面を意識することは非常に大切です。
講演会ではどういった話をされるのでしょうか?
殿村講演会では「心に響くPR」という考え方、またこれまでに手掛けてきたPR事例をふんだんに紹介します。阪神大震災以降、地方にこだわってPR事業を積み重ねてきましたが、地方こそ、その土地にしかない埋もれた文化や歴史、魅力が山のようにあります。しかし、みなさん勘違いされています。「これは強みではない」「強みを出すのが恥ずかしい」。もっと自信を持って「自分がやる」という意識を持たないといけないと感じます。
だからこそ、今年の春には地方PR機構という一般社団法人も立ち上げました。大企業の真似をするのではなく、地方の文化や歴史を認識し、自信をもって積極的に強みをみずからアピールする考え方を広めることができればと思います。