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宇津木妙子

うつぎたえこ

元ソフトボール日本代表監督

宇津木妙子

プロフィール

1953年埼玉県生まれ。川島中学校1年時からソフトボールを始める。星野女子高等学校を経てリーグ1部のユニチカ垂井に所属し、1974年世界選手権出場。1985年に現役引退後、ジュニア日本代表コーチを経て日立高崎の監督に就任。当時3部だったチームを1部で優勝するまでのチームに育て上げた。
1997年に日本代表監督に就任、2000年シドニー五輪銀メダル。2004年アテネ五輪銅メダル。2004年9月、日本代表監督を退任。その功績が讃えられ、日本人初、指導者としてISF(国際ソフトボール連盟)の殿堂入りを果たした。
2011年にNPO法人ソフトボール・ドリームを設立。現在は後進の育成や競技の普及に尽力、講演活動を行っている。

講演テーマ例

  • 夢の実現 ~努力は裏切らない~
    学生時代上手な選手ではなかったが、自分にできることはなにかを考えることで社会人チームでも活躍できるようになった。
    指導者になってからも最初は3部リーグでのスタートだった。1部チームとの違いは選手の取り組む姿勢と意識によるものだと認識。練習によって自身をつけさせるとともに、整理整頓、礼儀、挨拶といった「生活のルール」をつくりチーム改革を行った。
    日本代表の監督に就任後は、目標を明確にしたチームの作りが最も必要だと感じ、”金メダルを取ろう”を合い言葉に。とにかく厳しい練習で世界のレベルまで引き上げた。
    個性派ばかりの選手の心をどのように一つにできたのか。宇津木流の指導法をお伝えする。
  • チームビルディング ~“人財”を育て、自分が育つ~
  • 夢と人生 ~何事にも真正面から向き合うこころ~

主な講演実績

活動実績

1966年 川島中学校にてソフトボールを始める
1969年 星野女子高等学校(現・星野高等学校)入学
1972年 ユニチカ垂井(岐阜県)入社 (14年間プレーし国内優勝も多数)
1974年 世界選手権出場  ※現役引退後、ジュニア日本代表コーチ就任
1986年 日立高崎(現:ルネサス高崎)へ監督として招かれる ※2002年までの16年間、全日本総合4回・日本リーグ1部4回他 優勝多数
1990年 全日本監督として、世界選手権・アジア大会(銀メダル)
1996年 アトランタオリンピックコーチ(4位)
1997年 全日本代表監督就任1998年  世界選手権(3位)・アジア大会(準優勝)
2000年 シドニーオリンピック(銀メダル)
2002年 世界選手権・アジア大会(銀メダル)
2003年 ルネサス高崎総監督に就任
2004年 アテネオリンピック(銅メダル) ※大会後、全日本監督を辞任
2005年 ISF(国際ソフトボール連盟)殿堂入り
2008年 解説者として北京オリンピックでともに戦う(金メダル)
2009年 ルネサステクノロジ(現・ルネサスエレクトロニクス)高崎事業所シニアアドバイザー就任
2010年 東京国際大学女子ソフトボール部総監督に就任
2011年 NPO法人ソフトボール・ドリーム設立
2014年 世界野球ソフトボール連盟理事に就任
2015年 ビックカメラ女子ソフトボール高崎シニアアドバイザーに就任

主な著書

金メダルへの挑戦シドニーからアテネ、そして北京へ 宇津木妙子の著書画像  努力は裏切らない 宇津木妙子の著書画像  宇津木魂女子ソフトはなぜ金メダルが獲れたのか 宇津木妙子の著書画像  チームワーク心を一つにして 宇津木妙子の著書画像  ソフトボール眼 宇津木妙子の著書画像  女は女が強くする 井村雅代と宇津木妙子の共著画像

『いちばんわかりやすいソフトボール入門』
『宇津木妙子ソフトボール入門―レベルアップのための基本技術と勝つための戦術』

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