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中西 太 なかにし ふとし

野球評論家、99年野球殿堂入り

中西 太

プロフィール

高松第一高時代から「怪童」といわれ本塁打を量産。52年、西鉄に入団。1年目から活躍し、新人王を獲得。
その後も首位打者・本塁打王・打点王のタイトルを多数獲得し、58年まで毎年のように三冠王に近い成績を残した。53年から4年連続で本塁打王。54年にリーグ優勝、稲尾和久が入団した56年からは3年連続日本一という西鉄の黄金時代を三原脩監督の元で築き上げた。62年に29歳で西鉄の監督に就任。69年限りで現役引退し、監督退任。

野球解説者を務めた後、ヤクルト、日本ハム、阪神、近鉄、巨人、ロッテ、オリックスで監督、打撃コーチ、ヘッドコーチを歴任した。 様々な球団で「特別コーチ」「臨時コーチ」を務めた。99年野球殿堂入り。

講師ジャンル

活動実績

記録

○通算記録(実働18年) 1388試合 4116打数1262安打 
打率・307 244本塁打 785打点 142盗塁
○初出場・初先発出場 1952・3・21対近鉄1回戦(春日原)=7番、三塁手
○初安打 52・3・21対近鉄1回戦(春日原)=右中間エンタイトル二塁打
○初打点 52・3・23対近鉄2回戦(豊楽園)
○初本塁打 52・4・17対毎日6回戦(川崎)=ランニング本塁打
○100本塁打 55・8・4対近鉄11回戦(平和台)
○150本塁打 57・6・18対近鉄10回戦(大阪)
○1000本安打 59・5・20対東映8回戦(平和台)
○200本塁打 61・4・22対南海1回戦(大阪)
○1000試合出場 61・5・17対南海6回戦(平和台)
○オールスター出場 53~55、57、58、61、63年(7回)
○最多安打 53、57年=2回(当時連盟表彰なし)※94年より表彰

タイトル

○首位打者 55年・332、58年・314=2回
○本塁打王 53年・36本、54年・31本、55年・35本、56年・29本、58年・23本=5回
○打点王 53年・86打点、56年・95打点、57年・100打点=3回

表彰

○新人王 52年
○最優秀選手 56年
○ベストナイン (三塁手)53~58年、61年=7回
○野球殿堂競技者表彰 99年

エピソード

<プロ野球最長本塁打>
1953年8月29日、対大映戦(平和台)で林義一投手から中西氏が放った打球は、ライナーでバックスクリーンをゆうに越え場外の福岡城址まで届いた。この推定飛距離は160㍍以上でプロ野球最長本塁打とされている。また、福岡城址は外野スタンドからさらに50㍍先にあるため、180~190㍍近く飛んだのではないかと言われ、まさに中西氏のこの一打は、球史に残る大ホームランと言える。
この時、林義一投手は「(取れるライナーかと思い)ジャンプした。そうしたらグングン伸びて、バックスクリーンはるか上を越えていった」と述懐している。

主な著書

「西鉄ライオンズ最強の哲学」 (ベースボール・マガジン社新書)
「活人術―強い組織をつくるために」(小学館)
西鉄ライオンズ 獅子たちの「闘争」―追憶の球団(ベースボールマガジン社)ほか

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